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東京高等裁判所 昭和63年(行ケ)221号 判決

一 請求の原因一(特許庁における手続の経緯)、二(本願発明の要旨)及び三(審決の理由の要点)の事実は、当事者間に争いがない。

二 そこで、原告主張の審決の取消事由の存否を検討する。

1 成立に争いない甲第二号証(本願発明の特許出願公告公報)及び第三号証(昭和五九年九月三日付け手続補正書)によれば、本願発明は左記のような技術的課題(目的)、構成及び作用効果を有するものと認められる。

(一) 技術的課題(目的)

本願発明は、解舒性、走行平滑性及び耐塩素劣化性が改良されたポリウレタン弾性糸の製造法に関する(本願公報第一欄第三二行ないし第三四号)。

ポリウレタン弾性糸は、その粘着性のため、解舒性が悪く巻き戻しが困難であり、またガイド等との摩擦が大きく容易に走行しない。走行速度が一〇〇m/分以下ならば、粘着性が高い弾性糸であつても適当な油剤を付与することによつて、解舒性及び走行平滑性の問題点をかなり解決することが可能である。しかしながら、走行速度が一〇〇m/分を越える高速走行の場合(弾性糸の走行速度は近年大幅に上昇し、しばしば三〇〇m/分にも達する。)、現在の油剤では、僅かの張力変動であつても、弾性糸の伸びやすさのために糸揺れを発生し、例えば隣の糸と密着してガイド箴通過中に糸切れ多発の原因となる。油剤の付与量を多くする試みもあるが、コスト高となるのみならず、油剤が浸出して製品を汚染する等のトラブルを発生する問題点がある(同第一欄第三五行ないし第二欄第一九行)。

本願発明の目的は、これらの問題点の解決手段を提供することにある(同第二欄第二〇行)。

(二) 構成

前記課題を解決するため、本願発明はその要旨とする構成を採用したものである(同第二欄第二〇行ないし第二九行、手続補正書第二頁第二行ないし第五行)。

本願発明において用いられる、ポリウレタン溶媒に対し紡糸温度で溶解性を有する金属石けんは、周期律表第Ⅱ族及び/又は第Ⅲ族(「第Ⅱ族」とあるのは「第Ⅲ族」の誤りと認められる。)金属の、炭素数八~三〇の脂肪族カルボン塩酸であつて(同第二頁第七行及び第八行、本願公報第四欄第二一行ないし第二三行)、いずれも良好な解舒性を与える(同願公報第四欄第三〇行及び第三一行)。

金属石けんの使用量は、通常ポリウレタンに対し〇・〇〇五~五重量%であつて、この範囲未満では解舒性及び走行平滑性の改良効果が不十分であり、一方、この範囲を越えると弾性糸が有する優れた物性(伸度、強度あるいは応力等)が低下するのみならず、走行中にガイド箴あるいは編針等にスカムとなつて堆積し後工程におけるトラブル発生の原因となる。金属石けんの添加時期は、紡糸以前の段階であれば、特に限定されない(同第四欄第三六行ないし第五欄第一行)。

(三) 作用効果

本願発明の方法によれば、ポリウレタン弾性糸の解舒性及び走行平滑性が著しく改良されるので高速走行においても何らのトラブルも発生せず、ガイド箴等へのスカム堆積や製品の汚染等もみられないのみならず、耐塩素劣化性に優れた弾性糸を得ることが可能である(同第三欄第四行ないし第九行)。

これらの顕著な効果は、湿式紡糸によつては得られず、乾式紡糸によつてのみ得ることができる。その理由は、紡糸温度以下の温度においてもポリウレタン溶媒に対し溶解性を有する金属石けんによつて効果が得られることから推測すると、紡糸時に、金属石けんとポリウレタン溶媒とが共に表面近くに移動し、ポリウレタン弾性糸の表面に金属石けんの膜(あるいは濃度の高い層)を形成するためと考えられる(同第三欄第一〇行及び第一一行、第五欄第一三行ないし第二〇行)。

2 引用例1に記載されている技術内容について

成立に争いない甲第四号証によれば、引用例1は名称を「セグメント型ポリウレタンポリマー溶液の二段階製造法」(第一欄第三行ないし第五行)とする発明に関するものであるが、同明細書に「紡糸前の段階でポリウレタン溶液中にステアリン酸マグネシウム等の金属石けんを添加すること」が記載されていることは、原告も認めて争わないところである。

もつとも、原告は、本件出願当時のポリウレタン弾性糸の解舒性及び走行平滑性の改良に関する技術水準は紡糸後のポリウレタン弾性糸に金属石けん液処理を施すことであつて、審決は引用例1に記載されている技術内容を誤認したものであると主張する。

しかしながら、成立に争いない乙第一号証(昭和四七年特許出願公告第三五六一八号公報)の第二欄第六行ないし第一八行、あるいは第二号証(昭和四七年特許出願公告第三六八一一号公報)の第二欄第二一行ないし第三四行には、ポリウレタン弾性糸は一般に膠着性(粘着性)を有しており、例えば紡糸して巻き上げた場合に繊維が相互に膠着することが認められるが、この膠着は弾性繊維の結晶性が低いことに由来すること、及び、いまだ満足なものは得られていない、あるいは十分な効果が得られないとの留保を付しながらも、紡糸の際にステアリン酸カルシユウムなどプラスチツクの離型剤をポリウレタンチツプと溶融混合して紡糸する方法があると記載されていることが認められる。右に開示されているところは、ポリウレタンのチツプと離型剤とを混合して溶融紡糸する方法であつて、本願発明が要旨とするポリウレタン溶媒に金属石けんを配合して乾式紡糸する方法と異なることはいうまでもないが、ステアリン酸カルシユウムは金属石けんにほかならないから、ポリウレタン弾性糸の解舒性等の改良を目的としてその紡糸前に金属石けんを配合するとの技術的思想は、当業者にとつては本件出願当時において決して新規なものではなく、ポリウレタン弾性糸の紡糸に関するいわば技術常識の一つを形成していたと認めるのが相当である。

また、成立に争いない乙第四号証(昭和四一年特許出願公告第二七三三号公報)、第五号証(昭和四九年特許出願公告第一〇七〇五三号公報)及び第六号証(昭和四七年特許出願公告第三四九六五号公報)によれば、ポリウレタン系弾性繊維の乾式紡糸に際して、解舒性の改良を意図して、紡糸前のポリウレタン溶液に固着防止性の物質を配合することは、本件出願前の周知技術であつたことも明らかである。

このように、およそステアリン酸カルシウム等の金属石けんはポリウレタン弾性糸に解舒性等を付与する物質として既知のものであり、かつ、それらの金属石けんがポリウレタン溶液においてジメチルホルムアルデヒド等の溶媒中に存在し得ることが引用例1の記載によつて知られる以上、前記の周知技術を踏まえて考えれば、本願発明の構成を予測することは当業者にとつては容易であつたと認めるのが相当である。まして、引用例1には紡糸前の段階でポリウレタン溶液中にステアリン酸マグネシウム等の金属石けんを添加する「目的あるいは効果」が明記されていないことは原告が指摘するとおりであるが、それがポリウレタン弾性糸の解舒性及び走行平滑性の改良を目的としていることは、当業者ならば容易に理解し得た範囲の事項というべきであり、右判断は、前掲乙号各証に記載されている発明自体はポリウレタン弾性糸の溶融紡糸に関する技術を対象としていること(乙第一号証の第二欄第二八行、乙第二号証の第二欄第三五行)、あるいは、引用例1の他の箇所(前掲甲第四号証の第一三欄第三行ないし第二九行)に、紡糸後のポリウレタン弾性糸をステアリン酸ナトリウムあるいはステアリン酸マグネシウム等の希釈懸濁液中を通過させて糸の付着を防止することが記載されていることによつて、直ちに左右されるものではない。

したがつて、引用例1に記載されている技術内容についての審決の認定に誤りがあるとはいえない。

3 金属石けんの量及び性状の限定について

前掲甲第四号証の第九欄第六八行ないし第一〇欄第六行によれば、引用例1は、紡糸前の段階でポリウレタン溶液中にステアリン酸マグネシウム等の金属石けんを添加し得ることを開示しているが、配合すべき金属石けんの割合及び性状について何ら明らかにしていないことは、原告が指摘するとおりである。

しかしながら、前掲甲第二号証の第四頁によれば、本願発明の実施例2の評価結果を示す第2表において、解舒性は、ステアリン酸マグネシウムの配合割合が本願発明が要旨とする〇・〇〇五~五%のもの(No.7ないしNo.10)と要旨外のもの(No.11)との間に全く差異がなく、走行摩擦係数も、三〇〇m/分において、本願発明の要旨内のNo.6ないしNo.10(係数〇・二九ないし〇・二五)と要旨外のNo.5及びNo.11(係数〇・二九及び〇・二四)とは大同小異といわざるを得ない。なお、金属石けんの配合割合を多くするに伴つてスカムが増加するのは当然のことであるから、同表のスカムテストの結果に格別の意義は認められない。

このように、本願発明が要旨とする金属石けんの配合割合の限定が臨界的意義を有するものでないことは明らかであるから、右限定の数値は、当業者が、望む解舒性及び走行摩擦係数、並びに許容し得るスカムの範囲を勘案して、適宜に設定し得る範囲の事項と考えるのが相当である。

また、前掲甲第四号証の第四頁によれば、引用例1には、ポリウレタン溶媒としてジメチルホルムアミド、ジメチルアセトアミドあるいはヘキサメチルホスホルアミドあるいはテトラメチル尿素が例示され(第七欄第三四行ないし第四一行)、かつ、ポリウレタンの乾式紡糸温度が約一五〇℃ないし二五〇℃であることが記載されている(第一二欄第六一行ないし第六六行)。一方、前掲甲第二号証によれば、本願明細書が例示するポリウレタン溶媒は、N、N―ジメチルホルムアミド、N、N―ジメチルアセトアミド、テトラメチル尿素、ヘキサメチルホスホルアミドであるから(第四欄第四行ないし第六行)、引用例1記載の溶媒と全く共通しているし、本願明細書はポリウレタンの乾式紡糸温度として「通常一八〇℃~二八〇℃好ましくは二〇〇℃ないし二五〇℃」と記載しているが(第五欄第二一行及び第二二行)、これは前記の引用例1記載の発明における乾式紡糸温度と実質的な差異がないといわざるを得ない。したがつて、本願発明の金属石けんがポリウレタン溶媒に対し紡糸温度において溶解性を有するならば、引用例1記載の発明における金属石けんも当然にポリウレタン溶媒に対し紡糸温度において溶解性を有すると解することができる。

したがつて、ポリウレタン溶液に配合する金属石けんの量及び性状の限定についての審決の判断にも、誤りはない。

4 本願発明が奏する作用効果について

原告が本願発明が奏する作用効果として主張するところは、耐塩素性の改良も含めて、紡糸前のポリウレタン溶液中に金属石けんを配合することによつてもたらされる当然の作用効果自体にほかならないというべきである。詳説するならば、ポリウレタン弾性糸の解舒性等改良の効果は、解舒性等をもたらす金属石けんが単に繊維の表面を被覆しているものよりは、金属石けんが繊維の内部に存在するものの方が持続することは当然の事項であるところ、本願発明が対象とする乾式紡糸法は、ポリウレタン溶液中から溶媒を蒸発除去しつつポリマーを固化成形する方法にほかならないから、溶媒の蒸発除去に伴つて溶媒に溶解していた金属石けんが徐々にポリウレタン弾性糸の内部から表面に移動することは、当業者ならば容易に予測し得た事項と考えるのが相当である。なお、原告が主張する耐塩素性改良の作用効果は、ポリウレタンが本来有する性質そのものである。

したがつて、審決には、本願発明が奏する作用効果を看過した違法は存しない。

5 以上のとおりであるから、本願発明は引用例1及び引用例2に記載されている技術的事項及び周知技術に基づいて当業者が容易に発明をすることができたとする審決の認定及び判断は正当であつて、審決に原告主張の違法はない。

三 よつて、審決の違法を理由にその取消しを求める原告の本訴請求は失当であるからこれを棄却することとする。

〔編注〕本願発明の要旨は左のとおりである。

分子量六〇〇以上、融点六〇℃以下のポリマージオール、有機ジイソシアネート及び分子量四〇〇以下の二官能活性水素化合物を反応させて得られるポリウレタン溶液を乾式紡糸してポリウレタン弾性糸を製造する方法において、

紡糸前の段階で、ポリウレタン溶液中に、ポリウレタン溶媒に対し紡糸温度において溶解性を有する金属石けんを、ポリウレタンに対し、〇・〇〇五~五重量%配合することを特徴とする、ポリウレタン弾性糸の製造法

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